身体

東京国立近代美術館で「ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945」 | ニュース | インターネットミュージアム

近美で「ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945」が20111025〜20120115まで。身体観の点でも大切。

ジョルジュ・ヴィガレロ『清潔になる<私>』

川村邦光 『オトメの身体』

1<ブルジョワ的身体>への目覚めにて、所謂近代化した身体が理想とされる様を描き出す。 ここで理想とされた身体は、芸妓などの美しさを持つ労働的ではなく、衛生的な存在であった。 美しさという点では、色の世界の人々には敵わなかったのだと言う(p24ー…

坪井秀人「KNOW THYSELF」

『吾輩は猫である』を通じて近代個人と共同体の関係を論じたもの。 個人の識別は犯罪対策と犯罪者の管理という領域で必要であった。それ故戸籍をはじめ、文書的な身元証明を視覚的に保障する指紋や人体測定・写真といった技術が要請された。一方でこのような…

佐藤(佐久間)りか「近代的視線と身体の発見」

近代日本の身体感覚を、写真というメディアと錦絵というメディアを扱いながら、その変遷をおったもの。特にプロポーションという考え方が入ったことを明らかにしているといえよう。それは写真がある意味、そばかすなども生のままに再構成してしまうからであ…

みっともない人体 バーナード・ルドルフスキー

みっともないってのはunfashionableの訳。うーん、みっともないっていうイメージを取り違えていました。裸体を恥ずかしいと思う感覚という意味でとっていたのだけれども、勿論その意味も含んでいるのだけど、それよりも、流行にあわせるように身体を、皮膚を…

機械=身体のポリティーク 青弓社

パリ大学で2006年6月に行われたワークショップ「加工/仮構される身体」からの報告を中心にあまれたもの。 大正の文学、昭和初期の文学、滝口修造や是枝静男、成瀬巳喜男、石原慎太郎と大島渚、プルートゥ・押井守と時代順に並んだ構成とバラエティ豊かな内…