「口述の生活史」中野卓

瀬戸内海の水島コンビナートについて調べる過程で、筆者が知り合った一人の女性のこれまでのライフストーリーについて時系列で記したもの。また時折、筆者により整理された相関図や当時の社会情勢、もともとの目的であった工業地帯の地盤調査なども含まれる。
確かに一通りは話し手である松代さんの人生である。それだけのものと見なしやすい。(事実、物語としても楽しめる)
しかしその話を録音し、時系列に並べ、また異同がある場合は並列し、写真や戸籍の情報も挙げたのは筆者自身である。またこの松代さんが後にお稲荷さんの信仰に深くなることへの布石もこの本自体に筆者により敷かれている。その部分が「物語」ではなく、他のものの手により整理されたものであることを示している。
所謂、社会学の量的調査への反目として質的調査の方向として見做された本。だが、こういったものも、多少の量がないと調査にならないのではないだろうか。勿論、ここまでの質を入手できるのか、から始まるとは思うが。